2013年1月30日水曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 1月30日 マイク・コンウェイがレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからロング・ビーチGPに出場

現状ではコンウェイはロングビーチだけの出場に
 
 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)が、2台目についての発表を行いました。
 今年のロングビーチGP=IZODインディーカー・シリーズ第3戦:4月21日決勝=にカー・ナンバー30のマシンをエントリーし、2011年ロング・ビーチ・ウィナーのマイク・コンウェイ(イギリス出身。29歳)を乗せることに決めたということです。
 コンウェイといえば、去年はAJ・フォイト・レーシングで走ってたんですが、「オーバルはヤッパリ無理」と最終戦フォンタナを欠場(インディー500で大事故を経験したのを未だに引きずっている)。今年の契約継続がどうなるか……と見られていました。佐藤琢磨のチームメイトとしてロードレースイベントに出る可能性も云々されていましたが、RLLに移ることになったのです。結果的に琢磨との交換みたいになりましたね。
 現時点では、コンウェイのRLLからのインディーカー・レース出場はロングビーチだけしか決定していないとのことです。しかし、彼らは当然、出場レース数を増やしたい意向です。コンウェイはオーバルレースに対して100パーセントの自信をまだ回復していないでしょうから、そちらに関してはRLLも無理強いをはしないだろうし、出場は増えたとしてもロードレース限定ってコトになるんでしょうね。

2013年1月29日火曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 1月29日 シェルとペンゾイルがペンスキー・コーポレーションとの提携を延長

NASCARでは移籍したジョーイ・ロガーノが
ペンゾイルのプライマリーサポートカーをドライブ
 シェルとペンゾイルは、ペンスキー・レーシングのNASCAR及びインディーカーへのエントリーをサポートし、燃料、オイル、それらに関連する製品の提供をペンスキー・コーポレーション(輸送業を始めとした関連企業全般。レーシングチームを含む)に向けて続けて行くことを発表しました。両者の契約は複数年の延長がなされたということです。
 この契約の一部として、ペンゾイルは引き続き、ペンスキー・レーシングのオフィシャル・モーター・オイルとされ、シェルとペンゾイルはNASCARスプリントカップに出場する22号車のプライマリースポンサーを33レースで務めます。このシェル・ペンゾイル・フォード・フュージョンにはジョー・ギブス・レーシング(トヨタ)から移籍して来たジョーイ・ロガーノが乗ります。


2013 INDYCAR オフシーズン情報 1月29日 シュミット・ハミルトン・モータースポーツのチーム名、チーム体制変更

チーム名はシュミット・ピーターソン・モータースポーツに

 前回、エンジニアの移籍をお伝えしましたが、実績あるエンジニアのアレン・マクドナルドを再び雇い入れることとなったのはシュミット・ピーターソン・モータースポーツ(SPM)です。これは、2013年はシュミット・ハミルトン・モータースポーツとして戦っていたチームです。母体はサム・シュミット・モータースポーツ(SSM)で、元ドライバーのサム(テストでのクラッシュで半身不随に)が興したチームは、今やインディーライツの最強チームとなっています。2004年に長身のブラジリアン、チアゴ・メデイロスが初タイトルをゲット。その後は2006年にジェイ・ハワード、2007年にアレックス・ロイド(この年のランキング2位が武藤英紀でしたよねぇ)と連覇。そして、2シーズン続けてアンドレッティのチームに敗れた後、2010年からはJK・バーネイ、ジョセフ・ニューガーデン、トゥリスタン・バウティエールによって3年連続タイトル奪取を果たしているんです。

2013年1月27日日曜日

2013 INDYCAR オフ・シーズン情報 1月26日:アンドレッティ・オートスポートのエンジニアリング・チームが崩壊?

チャンピオンチームに異変!ここに来てエンジニア2人が離脱 

 ライアン・ハンター-レイ(RHR)を2012年のIZODインディーカー・シリーズ・チャンピオンに輝かせたアンドレッティ・オートスポートだが、オフに入って主要エンジニアが次々とチームを離れ、2013年シーズンを戦う体制を良いものに整えられるかどうかが心配な状況となっている。
 チーム・グリーン時代から数えて5人目のチャンピオン(1995年=ジャック;ヴィルヌーブ、2004年=トニー・カナーン、2005年=ダン・ウェルドン、2007年=ダリオ・フランキッティに次ぐ)輩出するという素晴らしい業績を成し遂げたというのに、ジェイムズ・ヒンチクリフのレース・エンジニアを務めていたティノ・ベリがシーズン終了後にパンサー・レーシングへと移籍した。